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ありのままでいい

更新日:2月28日

月一で小学校の担任教諭から電話がかかってきたり、呼び出されたりする息子。

原因は全部「集中力」。

授業中に、今が授業中だという自覚が薄くお喋りに夢中になって廊下に立たされたり(昭和か!)、遊びに夢中になり休み時間が終わっても教室に帰ってこなかったり。でも、それでいい。ありのままでいい。


これには、二つ見方があります。

一つはまだ二十代半ばの若い先生が、一生懸命見ていてくれて、なんとかしようと頑張っているから連絡が来る、つまり先生の恐れがキャパオーバーを招いて余裕がないんだろうな良い先生だな、という視点。


もう一つは、いやいやコレむしろ「集中」してるよね、遊びに、という視点。

授業に支障があり周りの子の迷惑になっている点は息子が集団生活でやって良いことといけないことの識別を学ぶチャンスでもある。周りには申し訳ないですほんとに。それは改善しないとです。


おそらく、彼はサイキックなので周りの情報を拾いすぎます。だからあちこち思考が飛ぶ。けれどお喋りは自分の発する音に集中出来るから、雑音を拾いづらい。私がそうだったのでたぶんそれ。小さい頃は他人の思考なのか自分の思考なのかごちゃごちゃになり、それをセパレートする術がないから自己防衛として自分の出す音に集中する。


これって、親が「また先生に怒られて!悪い子!」とこどもを責めてしまうと、悲惨なことになります。

何が悪かったか、どう改善すれば良いか諭すなら分かるけど、「先生に怒られたことが悪いことだ」というような叱り方をすると、何が悪いか分からないのだから「僕って悪い子なんだ」という部分だけが心に残ります。

励まされ、自信を持って生きるのを楽しめるように受け止めて貰えることがこども時代には必要。

条件付きの愛を親が示すと、こどもは自分のことを愛せなくなります。「良い子じゃなきゃ愛されない」とこどもの脳は簡単に単純に変換してしまいます。

どんなことがあろうと愛されている、と感じるためには、他人の評価を持ち出して責めるというやりかたは避ける必要がある。


例えばiPad持ち込み事件。

禁止されている「高価な私物」を学校に持って行き、没収されて呼び出され、親子で謝って返してもらいましたが、私は彼がそうした理由にフォーカスしたい。

図鑑に載っていた蜂の生態や種類を友達にシェアしようと思った時息子が考えたのが、図鑑は重い。必要な箇所だけiPadで撮影して持って行けば軽いし効率がいい、ということ。


ちゃんと考えてますよね。むしろ、お前凄いな、と私は思いました。社会に出て必要なのは、自分で考えて工夫する力だから。

ただルールは守らなきゃいけないよ、ということを覚えるチャンスだっただけ。悪意からやらかしたことではないから、「悪い子」という責め方は違います。ルールは何のためにあるのか、人間が決めたルールには素晴らしいものと納得がいかないエゴイズム的なものがあるよね、今回のはどっちだろう?と、ルールについて親子で話し合うチャンスでもありました。


大人はつい、条件付きの愛を示してしまいます。だけども、そのまんまの存在でいいんだよ、という基盤ありきで物事の識別を教えてもらえないとこどもは自尊心を失う。

自尊心がこども時代に育たないとどうなるか。

人生に目標や楽しみを見いだせず、他人にどう評価されるかを基準にして生きるようになるリスクがあります。

つまり自分の心が望むことを「ルールや評価」で蓋をして、素直に行動したり意見を言うことをやめてしまうリスク。


ルールも他人の意見も、多角的な見方が出来るので、鵜呑みにしない識別を持ってその中でどう行動すれば「個」と「集団」のバランスを取りながら自分の思いも大切に出来るのか。それをこども時代は学んでいます。だから、親がその学びをサポート出来るよう、育めるように親自身がまず物事を識別出来るようになりたいですね。


全然ヒーリングに関係なさそうな話ですが、自分の中に「こども時代に育まれて来なかった識別不足」があるなら、リレーションシップ3 で解放出来ます。

適切な識別や自分自身を育むことをマスターしたら、次世代を育んだり職場の後輩や部下を育むのが楽になります。

誰しも大人な部分と不完全にこどものままの部分があります。

何が育まれて来なかったのかを自覚すれば、補って大人にシフト出来ます。何歳になっても。


リレーションシップ3

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