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人は何故学ぶのか


人は何故学ぶのか。シータヒーリングの学びとは。


人は何故学ぶのか。

シータヒーリング的に言うと、人は「感覚感情」を学ぶために地球に生まれてきます。

「愛するというのがどんな感じがするのか」「愛されるとはどんな感じなのか」「自分と他人との境界線を持って、バランスを取りながら生きるというのはどんな感じなのか」「他者を養育するとはどんな感じなのか」等、すべて知らない感覚や本質的にはまだ分かっていない感覚や感情を自分のものにするために「学び」、自分というものを確立していきます。


ヒーリングを学び始めた人は、きっと様々な「本当は知っていたけれど忘れてしまっていた概念」を思い出す喜びでワクワクするでしょう。

人類が「何故人間や動物は存在するのか」「誰がこの複雑な内臓や体内期間を創ったのか」「赤ちゃんはどこからきて、魂とは何なのか」という、誰もが抱く疑問に正面から答えてくれるからです。


とかく人は、新しいことを学ぶのが好きです。

ゲームでもクリアするためのアイテム(武器、材料)が装備される、増えると喜びを感じるのと同じで、より快適に生きるために有効なアイテムを得るのが「学び」です。


小学生の息子が「なんで勉強しなきゃいけないの?」というお約束の質問をする年齢になりました(7歳)。

この、なんで学ばなければいけないのか?という問いには「義務感」「反発」が含まれている聞き方です。

では、学ばなくていいならどうなるでしょうか。


国語は言葉の勉強です。

他者とコミュニケーションをとるというのが社会で生きていくために必要なスキルです。

その際に、相手の立場に立って(相手のパラダイムで)物事を考えるという視点を持っていないと、自分本位で自分の主張だけを優先した傲慢な態度、生き方になる可能性があります。

だから学校教育の最初から、自分の主観がら一歩俯瞰して状況を分析したり、他人の心情を想像してみるという「立ち位置の練習」を国語で学んでいるのだと思います。


算数は非常に素晴らしいと思います。

数は幻想かもしれません。時間の概念すら幻想かもしれません。

でも、地球で人間として幻想の中で生きるには、指標となる「枠」がある程度必要だと思います。

もしも「数」という概念がなかったら「2倍速いよ」とか「みかん5個買ってきて」等、相手に物事を伝えるツールが漠然としてしまいます。算数もまた、他者とのコミュニケーションをとるために欠かせません。


もっといえば、「逆算」でゴールから遡って「今なすべきこと」を導き出せるのも算数の概念です。小学一年生の計算問題には、13ー□=9というように、□の中に入る数字を答えさせる問題があります。これは未就学児では習いませんよね。

ある程度脳の発達が進み、逆算が出来るようになる一年生で登場する計算ですが、これは9というゴールから、過程にある□を導き出します。


例えば起きてから30分で家を出る必要がある場合。

朝食に15分、着替えやトイレに5かかるとして、朝テレビを観たいとしましょう。

ゴールは30分後です。そうした場合、15+5+□=30になり、テレビの時間は10分という計算が出来るので、朝食を15分以内で済ませる必要があるな、と時間を気にして行動できます。社会人でも同じですよね。他人と待ち合わせをしてこの逆算が出来ないと、相手を待たせてしまっていつも遅刻する人になります。そうなると信用を失います。


これ、全部社会で生きていき他人とのコミュニケーションを取る際に必要です。

相手の気持ちを考えて行動したり、いつ自分の気持ちを大切にして「譲らない」と思えたり、「ここは譲ってもいい」と判断したり、それは道徳的に正しいのかな?と考えたり、自信をもって答えられるという社会的に生きるうえで必要な「感覚感情」を学ぶためのベースを小学生から学問として学ぶわけです。


だから、新しい知識を勉強することはそれが何であれ自分が生きていく上で様々な感覚感情を学び続けるうえで役に立つんですよね。その概念や考え方が。

今は直接必要ないと思うかもしれないことも、全部繋がっていて知らないうちに血肉になります。なので、息子には「新しいことを学校で習ったら、1つパワーアップした自分になった!とワクワクしてご覧。勉強するときにつまづいたら「これを攻略したら無敵になれる!」と思ってごらん」と伝えています。

保育園の時飛べなかった縄跳び。お友達がほんの少しアドバイスをくれて1日で跳べるようになったなら、そのお友達のアドバイスは立派な学びの提供。

学校の先生はやり方を教えてくれる人。


とはいえ、教師にもいろいろな人がいます。怖すぎて勉強を覚えるどころではなく受け取れないこともあります。教科書棒読みで学びの機会を提供しよう、子供たちがよりよく成長するために教師側も学び続けよう、と意欲のある先生ばかりなら良いのですが、そうとも限りません。


なので、家庭で出来ることは「どんな教師が相手でもそこから学ぶ」ことが出来るようにメンタルを整えフォローすることです。

先生が怖くても、それに圧倒されないだけのメンタルは過程のケアや自己肯定感の育成で作ることが出来ます。

学ぶ目的を家庭で教えていれば、圧倒されることよりも本質な「いまここで学ぶべきこと」にフォーカスして授業を聴くことが出来ます。

圧倒されてしまい授業内容がよくわからなくても、家庭で「今日何習った?」と宿題を添削しながら一緒に復習することで、安定感の中でもう一度同じことを学べれば取り戻せます。

親がやることは、この先生きるうえで様々な感覚感情を学んでいく際にベースになる「自分の基準を持つこと」「自分に自信を持つこと」「受け入れてもらえるのかどんな感じなのか分かること」を教えていくことでしょう。


シータヒーリングを学び始める人の中には、幼少期の養育の不適切さを経験している人が多くいます。それを試練的に乗り超えることで感覚感情を学んできた形です。

でもそこに、自分という土台がないと、新しい感覚感情を学んでもどこか不安定で学んだ感情を他者とのコミュニケーションに使っていけないという事態になります。

ヒーリングを学んでいるのに会社で圧倒されたり嫌な人に振り回されてネガティブな気持ちになってしまうのは、学んだ感覚感情がうまく使えない、機能していないだけです。

機能させるには、自分という土台をしっかり作り直すとあっさりクリアできます。


クラスでいうと自分を愛せるようになるリレーションシップ2ですね。

そして自分で自分を育みなおすリレーションシップ3です。


ディグディーパーまで学んできた人はあと一歩です。

あと一歩で、土台がしっかりして今まで学んできた感覚感情のすべてが自分自身のものになり、世界が変わっていくと思います。

ぜひ、人は何のために学ぶのかを、自分は何を学ぼうとして足掻いてきたのかを整理して、あったかい毎日に変えていきましょう。


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